人気ブログランキング |

国史跡 関ヶ原の戦い決戦地 ②

豊臣秀吉の遺言に背いて五大老の一人の徳川家康が権力をつけていく
1598年秀吉がこの世を去ったあと豊臣政権の存続・繁栄を願って
西軍をまとめて関ヶ原の合戦で戦った石田三成と武将達

長浜駅前  豊臣秀吉と石田三成の像
c0229483_12123793.jpg

国史跡 岐阜県関ヶ原町関ヶ原
狭い範囲に決戦地や陣跡があります
c0229483_12134818.jpg

西軍の石田三成が陣を構えていた笹尾山のふもと三成陣跡
c0229483_12145063.jpg
c0229483_1215337.jpg

天下分け目の関ヶ原の戦いの舞台 石田三成陣跡の目の前に広がる決戦地

国史跡 決戦地
大きな石碑と徳川家・石田家の家紋入りの旗
c0229483_1216190.jpg
c0229483_1217166.jpg

波乱の時代を生きた真田幸村のこと
幸村の父 真田昌幸は幸村と共に関が原の戦いで西軍に
長男の信幸は徳川家康方の本田忠勝の娘を正室に迎えていたので東軍に
(東軍・西軍に分けて戦った方がどちらかで真田が残るという父の考えもあった)

戦いは西軍が破れ東軍の信幸は父と弟(幸村)の助命に奔走する
そして父と弟は和歌山県高野山から九度山町へ・・・ 真田の里 九度山
14年間九度山町で過ごし父は無念の内にこの九度山で亡くなる

その後に真田幸村は
江戸時代初期の「大坂冬の陣」「大坂夏の陣」へと戦いが始まるのでした
いざ出陣 真田丸ゆかりの地

滋賀県続きの滋賀 高島の湖岸・白髭神社③






.

by yuko-2816 | 2016-05-13 12:10 | 石川・福井・岐阜・新潟 | Comments(0)